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レッドバロンとマッハバロンは打ち切りだがアオシマ合体ロボは売れた

レッドバロン
というテレビ番組をご存知だろうか??

オートバイ買取・輸入・販売している
株式会社レッドバロン とは無関係だ!

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『スーパーロボット レッドバロン』は、
1973年7月4日から1974年3月27日に日本テレビ系の特撮テレビ番組なのだ!
なんと!日本テレビ内のスタッフが企画した番組であった。

 

その企画というのは当時日本テレビの職員だった渡辺一彦(日本テレビ音楽)、斎藤汎司(日本テレビ)の2人によるのだ。
企画開始は1972年の春先だったそうで、実は『マジンガーZ』の放送より先行していた

そして「日本テレビ開局20周年記念番組」として放送されることになるのだ。
『マジンガーZ』のロボットものの要素に、スパイアクションの要素を加えた。

 

内容は子供番組とは思えないほどの結構シビアなドラマも多い。
特に後半の(37話から最終回)ではロボットと人間のあり方を問い直す文明批判の物語なのだ。

しかし玩具などの関連商品はヒットした。
商品化権許諾社数は80社、関連商品は500点以上であった。
結果として日本テレビの番組の版権収入では新記録(当時の額で1億円!!)を達成した!
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しかし!!メインスポンサーの日本空気販売がオイルショックの影響を受けて倒産。
これにより制作費の調達が困難となり、1974年3月末での終了となった。
倒産した日本空気販売は100円玉で作動するレンタルエアコンを販売していた企業であった。



 

そして、日本テレビは版権収入を継続しようと
「レッドバロン」の後番組に製作したのが
『スーパーロボット マッハバロン』だ!



 

レッドバロン放送終了の約6ヶ月後の
1974年(昭和49年)10月7日から放送開始。1975年(昭和50年)3月31日に終了となる。
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しかし!!!
このマッハバロンもレッドバロン同様に
打ち切り状態で終了となるのだ。

 

実はマッハバロンの終了は日本テレビ側の編成事情によるものだった。
テレビ側の放送枠の事情で打ち切りを打診され、日本現代企画側は急遽別の放送枠を探すが
見つからず全40話の放送予定だったが、
結局作品が完結しないまま26話で打ち切られた。

なんとも悲しいシリーズだ。

 

前作『レッドバロン』は宣弘社が特撮部分を中心に日本現代企画に外注制作(制作協力)に出していたが、
今回は宣弘社を通さずに日本現代企画の単独制作となる。

そのため
レッドバロンと比較すると
アクションシーンが激減(日本現代企画だけでは、出来なかったらしい)。
巨大ロボットやメカの特撮に見せ場を絞ったつくり方となった。

 

当時の時代背景は特撮人気が下り坂になるのだが、
一定のラインを維持し、まずまずの状況だった。

特にプラモデルや玩具が大ヒットした。
アオシマの「合体ロボ」や超合金やジャンボマシンだーなどの玩具関連の売り上げも目覚ましく、
商品化収入は制作費を軽く超えるほどの黒字を生んでいた。

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中でも、アオシマの「合体ロボ」は一躍大ヒット商品となり、
当時の関西模型小売商組合連合会から1975年度の、もっとも売れた商品に贈られる賞「プロフィット賞」を受賞している。

そして
アオシマでは同じようなシリーズを展開するようになる。
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レッドバロン、マッハバロンは、ともに
打ち切りという悲しい歴史の特撮番組なのだが、
玩具などの関連商品が大ヒットした番組といえる。

 

放送は打ち切りだが
関連商品は売れた状況っていうのは
商業的に成功したと言えるのだろうか??

マッハバロンの後番組は
なんと!!「ガンバの冒険」
すごい路線変更だ!!

 

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カテゴリー: 映画/テレビ
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