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スティーヴ・ヴァイは90年代のギターヒーロー。

スティーヴ・ヴァイ(Steve Vai)は大人気のギターリスト。
ヴァイの魅力は速いフレーズだけでなく、
独特のフレーズで楽曲を生かしたプレイが魅力なのだ。


スティーヴ・ヴァイ(Steve Vai)
本名は Steven Siro Vai
1960年6月6日生まれ。
フランク・ザッパ門下生の1人なのだ。

スティーヴ・ヴァイは
6歳よりオルガンを習い始め、後にオーケストラ用の譜面を作成するようになる。
レッド・ツェッペリンと出会い、それからはロックに目覚める。

13歳でギターを友人から購入。
帰り道に立ち寄った楽器店で1セットの弦を購入し
その足で“当時地元で有名だったギター講師”のジョー・サトリアーニの元へ弟子入り。

ジョー・サトリアーニの話ではヴァイは当時から、他の人とは違っていたらしい。
腕にギター用の筋肉がついているようだった。と語っている。

高校では楽典や音楽理論を習得。バークリー音楽大学に入学。
在学中に養った採譜力でフランク・ザッパのバンドの採譜役として雇われる。

1980年代には、正式にザッパのバンドにギタリストとして加入。
担当は主に作曲者ザッパの演奏不可能なパートを受け持つ。

しかも!ライブのソロコーナーで、聴衆やメンバーにミュージカルのスコアを持ってこさせて初見で演奏するということをやっていた!。
ギターリストにとっては「いじめ」のような環境だ!

1984年に、初のソロ・アルバム『フレックス・エーブル』(後に『フレクサブル』に改題)を発表。
本人は、これは友人のために作ったアルバムと語っている。

1984年、グラハム・ボネットのバンド「アルカトラス」から
イングヴェイ・マルムスティーンが脱退したため、後任として加入した。

このアルバムのギターアレンジは
ヴァイが後に発表するソロアルバム収録曲のモチーフになったと思われるフレーズを聞くことが出来る。

1985年、元ヴァン・ヘイレンのデイヴィッド・リー・ロスから誘いを受けて、
バック・バンドに加入。
このデイヴィッド・リー・ロスバンドではBassのビリー・シーンとの夢の共演を果たした。

アルバム2枚に参加した後、バンドを脱退。

1986年、映画「クロスロード」(音楽監督は、ライ・クーダー)に出演!
ギターバトルの敵役での出演だ!
クライマックスのギターバトルでヴァイが登場する。
これは必見です。

1989年、元ディープ・パープルのデイヴィッド・カヴァーデイルが結成した、
ホワイトスネイクに加入!
当時これには驚いた!

アルバム『スリップ・オブ・ザ・タング』を製作。
ホワイトスネイクのギターリスト バンデンバーグが入院中のため、ギター1、ギター2共にヴァイのアレンジ&演奏となった。

このアルバムはホワイトスネイクというより
デイヴィッド・カヴァーデイル&スティーヴ・ヴァイ という名義がマッチするアルバムになっていた。

そしてついに
1990年にソロアルバム『パッション・アンド・ウォーフェア』が発表される!
このソロアルバムを聴くとヴァイの本領発揮!となる独自の世界観が話題になった。

 

 


新人ヴォーカリスト、デヴィン・タウンゼンドを発掘し、バンド名義“ヴァイ”(Vai)としてアルバム『セックス・アンド・レリジョン』を発表。
このライブではヴォーカリストもギターを弾き、ヴァイとギターバトルを繰り広げる楽しいライブだった。
デヴィン・タウンゼンドのギターテクニック(普通に上手い!)に驚いた。

続いてアルバム『エイリアン・ラヴ・シークレッツ』
『ファイヤー・ガーデン』
『ウルトラ・ゾーン』など発表した。

1994年、オジー・オズボーンとの競作、競演のセッションに参加。
2000年、自身レーベル”Favored Nations”を立ち上げる(
2002年、東京のサントリーホールで東京都交響楽団と競演。

現在も活動中だ。

ヴァイの独特なギターフレーズは
リディアン・スケールやミクソリディアン・スケールなどを多様していることによる。
通常ギターリストはブルースよりのフレーズを多用することからペンタトニック・スケールが多く使われるのだ。

ねらって個性を出す手法から、かなり知的だと伺える。
しかも議論や口論をする際にも、声を荒らげることはない。
争いを好まず、諍いがおこると自ら身を引いてしまう。
バンド内で音楽性の衝突を感じた場合は、メンバーと戦うのではなく、脱退という道をとる。

経営的センスもある。
ザッパのバンドにいた時代のエピソードとして。
当時、ザッパのレコーディングスタジオには使われていないものもあった。
ヴァイは、ザッパに許可を得てそれらを借り出し、自身で使用すると共に、
友人などに有料で又貸しをしていた。

その料金を貯めて自身でも機材を購入し、それも貸し出した。
こうして徐々に得た金で、
最終的には自宅にレコーディングスタジオ並みの機材を揃え、
ファースト・アルバムの『FLEXABLE』を録音した。

子供の頃は、周囲がブルースに固執していた事から、ブルースが嫌いであったという。
現在は、ブルースも好むようになり、楽曲にブルージーな泣きも導入されるようになったしかし「みんながやっている事と同じようにプレイするな」と。
ベジタリアンであり、動物性たんぱく質を一切摂取しない。
藤子不二雄Aのようだ。

気になるヴァイのギターは?

ザッパ時代及びアルカトラズ初期は改造したストラトキャスターを使用(ヴァイはこれを”whale guitar”と呼んで大事にしていた)。

その後ジャクソン、
カーヴィン等を経て
アイバニーズのシグネイチャーモデル”JEM”を作成するようになる。

このJEMはフロントとリアピックアップにハムバッカーを、センターにシングルコイルという仕様だ。

 


アンプとキャビネットはカーヴィンのシグネイチャーモデル「Legacy」を使用
(以前はマーシャルやMESA/BOOGIE等を使用)。

ディストーションペダルはアイバニーズのシグネイチャーモデル”Jemini”を使用
(以前はボス社のDS-1をKeeley Electronicsがモディファイしたものを愛用していた)。

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